調査員から渡された録音を聞いてみると、未亡人が電話の相手先の指示に従って、いくつもプッシュボタンを押す音がしています。
「これは、テレフォンバンキングの音じゃないのか」
そこで詳しく分析したところ、プッシュした数字が暗証番号になっており、長いものが口座番号だということがわかりました。
さらに、自宅からは遠い銀行支店に口座があって、口座の名義が未亡人の弁護士になっていて、6000万円の残高があることも判明しました。
要するに、保険会社からの保険金は、未亡人の弁護士に預かってもらい、隠してもらっていたのです。
私はすぐさま、隠し口座を差し押さえて凍結しました。
これで探偵事務所の仕事は終わり、あとは依頼人の弁護士が押さえた預金から報酬を受けるばかりとなります。
それから何回かの公判が開かれ、最後の公判だけ私は傍聴しました。
そして、運よく未亡人とその弁護士が裁判所の廊下で立ち話をしているのをこっそり立ち聞きすることができました。
弁護士「まさか、隠したあのお金が見つけられるとは思いませんでした」
未亡人「あら、先生、あれっぽっちのお金、見つかったってどうってことないわよ」
6000万円の保険金と5000万円の土地。それを「あれっぽっち」とは、どれだけの遺産が入ったのでしょう。
その後、依頼人から報酬を受け取る日がやってきました。成功報酬で800万円になります。
ところが、依頼人は300万円しか持ってきませんでした。
「報酬は800万円になりますので、500万円足りません」と私が告げると、
「そんな約束はしていない」と依頼人は言い張ります。
「そうですか。では紹介していただいた弁護士の先生にも相談して、法廷で決着をつけましょうか」と言っても、
「好きなようにすればいいだろう」と強気な態度を変えません。
そこで私は、デスクの引き出しから音声レコーダーを取り出し、本件の依頼初日の約束事を交わした詳細な会話の録音を聞かせました。
ここまできて、ようやく依頼人は観念し、「わかりました」とだけ言って残りの500万円を置いて帰って行きました。
莫大な遺産を手にしながら借金を返そうとしない未亡人。
1億円を取り返したのにその費用をごまかそうとする依頼人。
訴えた側も訴えられた側も、同じ人種だったのです。