詐欺にもいろいろありますが、結婚詐欺ほどその被害を自覚できないものはありません。第三者が「それって、結婚詐欺かもよ」と警告したところで、結婚相手や婚約者を信じ込んでいる本人はまったく聞く耳を持たず、逆に親切に忠告してくれる人に対して「僕(私)が幸せになることがうらやましくて、そんな根も葉もないことを言うんでしょ」などと反論してくる始末です。
私の探偵事務所に訪ねてきた依頼人も、あまりにも明々白々な結婚詐欺の被害に遭いながら、最後の最後までその被害を自覚できない人でした。よく言えば、人のことを疑わない、あまりにもお人好しな人物でした。
依頼人のAさんは50代半ばの小柄でおとなしい男性です。市役所の仕事で忙しくしているうちに50を過ぎてしまい、このままでは一生結婚できないかもしれないと、新聞広告にあった結婚紹介所に駆け込んだのです。
結婚紹介所といっても、窓口は携帯電話で、対応したBさんという女性から「ちょうど、あなたにぴったりな素敵な方がいます。お会いになりますか?」と告げられました。もちろん依頼人のAさんは会うことに決め、Bさんも交えて喫茶店で相手の女性と会うことになりました。
すると、お互い意気投合し、話はスルスルと進み、3ヶ月後には結婚することになりました。まずは数百万円もする婚約指輪を買って相手の女性にあげました。それから、挙式はどこで行うのか、ウエディングドレスはどのブランドにするのか、新婚旅行は「絶対にモナコじゃなきゃヤダ」という彼女の要望も採用したりして、3ヶ月の間にかなりの金額を費やしたとのこと。
「いったい、いくら払ったんですか?」
「3000万円ぐらいです。親から借金もしました」
女性とお付き合いした経験の乏しい依頼人Aさんは、仲介者のBさんに言われるがままに、それが普通なんだと思い込んで支払っていたのです。
ところが、
「それが、急に婚約者の彼女と連絡がつかなくなったんです。彼女を探してくれませんか」
と、依頼人Aさんは探偵事務所を訪れた理由を明かしました。
このケースは、もちろん結婚詐欺です。Aさんから絞れるだけ絞った婚約者は、とっとと雲隠れして二度とAさんと会うことはないでしょう。ただし、主犯が婚約者なのか、それとも仲介者のBさんなのか、それはまだわかりません。
「Bさんは彼女の連絡先をご存知なんでしょう?」
「それが、知らないそうなんです」
Aさんは何の疑いもない表情で、そう無邪気に答えます。
「それに、『あんな性悪女だとは思わなかった。もうあんな人は忘れて、他の人にしたらどうですか。ちょうどいい人がいますよ』とまで言ってくれるんです」
と、恩義すら感じている様子です。
こういう人には何を言っても無駄です。姿を消した婚約者を疑わず、最も黒幕と思われる紹介者Bさんのことを心から信じて感謝しているのですから。
そこで、私は一計を案じました……。